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朱戸アオのつめあわせ

漫画家朱戸アオの公式ブログです。

「Final Phase」「リウーを待ちながら」についての覚書、あるいは「医療漫画家」と言われる漫画家になるまでの話。

人間は追いつめられると何かになれることがあるようです。

運良く大学在学中にデビューできたものの、その後は数年アシスタント中心で連載も取れず、30までに連載できなかったら違う職業に就かないとなと思っていた頃、師匠経由で科学ムックに短期連載しないかというお話をいただきました。科学ムックに載るという事で「科学モノの漫画」という依頼でした。
迷える朱戸はもちろん飛びつきました。でも「科学モノの漫画」ってなんだ?何を描けばいいんだ?朱戸は当時、特に科学に詳しい人間ではありませんでした。本屋さんの科学コーナーに立ちよるタイプの人間ではなかったのです。

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ともかく「科学」に詳しくならなければジャンルも決められません。朱戸はまず頭のいい友人達に相談(幸い何かの間違いで進学校に通っていたので自分より頭のいい友人にはことかきません)、友人経由で物理学や天文学、気象、機械工学、生物学などを学んでいた方を紹介してもらい取材をしました。しんかい6500のコックピットも見せてもらいました。(今まで漫画に生かせなくてすみません…。)本屋さんの科学コーナーにも足しげく通いました。多分漫画家人生で初めて、本格的な取材というものをしたのです。

ところが、楽しく取材をしているうちに「科学モノではなく医療モノにしてほしい」という話になりました。そこで今度は医師をしている頭のいい友人達に協力してもらい取材を開始、外科の先生はガテン系だとか、オペナースさんはいつもマスクをしているので目のまわりのメイクだけ気合いが入っているとか、面白いネタをたくさん聞かせてもらいました。
そしてそのネタをしっかり盛り込んで病院を舞台にした割とのほほんとした医療漫画を描き上げました。中々良い出来だったと思います。…しかし様々な事情で完全なるボツになりました。

普通の漫画雑誌ならこれでこの仕事はおしまい、他の漫画家さんの漫画が誌面に載るところですが、幸いにしてこの仕事に朱戸の替わりはいませんでした。ムックの発売が刻々と近づいている中、朱戸はそこから5本違うジャンルの「医療漫画」のネームを描きました。ラブコメ系、コメディ系、日常系、2ページほどで完結するネタを連作する系…。その中にあったのが「Final Phase」の原型となるネームでした。

学生の頃少し背伸びをしたくてカミュを読んだりしていました。その中で一番面白かったのが「ペスト」でした。ストーリーが面白く印象的なキャラクターがたくさん出てきます。そして感動的なセリフも。あんな話をいつか描きたいなと思っていました。追いつめられた朱戸はそれを思い出したのです。
あわてて感染症の勉強をしネタに使えそうな感染症を決め、ネームを切りました。勉強開始から1話のネーム完成まで1週間でした。
結局「Final Phase」が採用になりました。

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「Final Phase」は「ペスト」が元ネタという事で主なキャラクター配置は「ペスト」に倣っています。名前もネタにしました。主人公は性別を変えましたがベルナール・リウーの名前から鈴鳴涼子(ベル鳴ーるですよ…)、パルヌーは少し苦しいですが羽貫琉伊、ジョン・タルーは樽見潤といった感じです。以前から気になっていた湾岸地区にもう一度写真を撮りに行き、準備万端、短期ですが人生初の連載の第一話の扉となる見開きを描いている瞬間、グラっと来たのです。東日本大震災でした。

それから数年後、イブニングの編集者さんからご連絡をいただき仕事をご一緒する事になりました。どんなネタがいいかなという話になった時、「Final Phase」の拡大版を描いてみないかというご提案をいただきました。
正直迷いました。当然ながらすでに描いた漫画をもう一度描くのは漫画家としてどうなのかな、などと考えました。しかし「Final Phase」は最初から1巻完結と決まっていて描ききれなかったエピソードがたくさんありました。それに「あの震災を体験したからこそ描けるものがあるのでは?」という編集者さんの言葉に心が動きました。

というわけで皆さんのお手元に「リウーを待ちながら」があります。ありますよね…。キャラクター配置は一部そのままに、新たな要素をガンガン入れてスケールが少し大きくなりました。

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ありがたい事によく誤解されるのですが、朱戸は医療関係者でも医療を勉強していた人間でもありません。追いつめられて本を読んで人に話を聞いて少しそちらに詳しくなった漫画家です。
取材をするまで取材のなんたるかが分かっていませんでした。でも目的のはっきりしている勉強ってとても面白い。やはり人間には知識欲みたいなモノがあるのです。

よく処女作には作家のすべてがつまっていると言います。朱戸は状況に追いつめられて「Final Phase」に辿り着きました。でも「Final Phase」には朱戸のすべてがつまっていました。
そして今、あの時に時間的にも技量的にもできなかった事を「リウーを待ちながら」につめています。

「リウーを待ちながら」を描くにあたっても、とてもたくさんの方にお世話になりました。微妙な内容の漫画になると分かっていながら取材に応じて下さった方々に本当に感謝しています。

「リウーを待ちながら」をよろしくお願いします。



テーマ:漫画 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2017/06/23(金) 00:00:00|
  2. 長文