2016年7月22日に拙著「
インハンド 紐倉博士とまじめな右腕」の単行本が講談社より発売されます。相変わらず文章を書くのは苦手なのですが、なんとか覚え書きをでっち上げたいと思います。
途中、一部内容にふれていますので、未読の方は
「インハンド」第1話の無料試し読みを読まれてからこの記事を読んでいただくのが良いと思います。

前回の単行本「
ネメシスの杖 」の連載が終了した後、すぐに続編を描いてみてはというお話をいただきました。朱戸も思いがけず元気なキャラを描けたため妄想がふくらみつつあり、ぜひそうしたいですとお返事しました。
「ネメシスの杖」の連載終了から単行本発売まで2ヶ月あったので、単行本発売と同時に続編を始められるといいね、という話を担当の編集者さんとしていました。まったくなんと楽天的な!人生そんなに甘くないんですよ!
続編の「インハンド」の連載をはじめるまで2年半かかりました。

ストーリーという物は設定やプロット、キャラクターや演出など多くの要素によって形作られます。お話を作ることを職業にしている人間は、このすべての要素を一定以上のクオリティーで繰り出す事が求められます。一方で、当然ながら人によってそれらの要素の中にも得手不得手があります。
複雑なファアンタジー世界の設定から考え始める小説家、最後に観客をあっと言わせるオチがある面白いプロットをまず練る脚本家、すばらしい戦闘シーンの演出で誰をもを黙らせる監督………設定説明は長いけど読み始めると面白いファンタジー、主人公がかわいそうでフラストレーションがたまるけどオチがすごくて満足なミステリー、なんであのロケーションで戦わなきゃいけなかったか何度考えてもわからないけどすごいアクションでテンションンがあがったSF…もごもご。もちろんすべてをびっくりするクオリティーで作り上げ、この人には不得意な事なんて何もないんじゃないかという作家さんもたくさんいらっしゃいます。
一方、当り前ですが朱戸には不得手があります。
長年言われてきた事ですが、日本の漫画の連載で最も大事なのはキャラクターです。雑誌上で結末が見えない長い連載をする事が多い日本の漫画において、良いキャラクターはお話を勝手に動かし結末まで漫画家を導いてくれる、漫画家にとって必要不可欠な相棒です。長く活躍されている漫画家さんは泉のようにおもしろいキャラクターを産み出せる「キャラクターが得意」な方や、そのキャラクターが活躍しやすい「設定が得意」な方多いように思います。
で……賢明な読者の方は分かっていらっしゃると思いますが…朱戸はどちらかというと「プロットが得意」な人です。

プロットというのはザックリとしたお話の流れです。朱戸はいままでお話を考える時はまずプロットを考え、そのプロットに合いそうなキャラクターを放りこんでみるという手順を取って来ました。「インハンド」の第1話「
ディオニュソスの冠」のプロットは「新型感染症を多くの人に感染させた『患者ゼロ』を探したがその患者は発見時にはすでに殺されている、殺人犯が言うように感染症で他人を死においやった人間は裁かれるべきか」というものです。このプロットは2013年7月に最初に書いたメモから2016年3月に月刊アフタヌーン掲載される完成原稿まで変わりませんでした。そして朱戸はこの間、数えて26稿、重さにして3.3kgもの同じプロットのネーム(漫画のコマ割りセリフ等を簡単に書いた設計図のようなもの)を描き続けたのです。
問題はそう、キャラクターでした。キャラクターをまず考え、それをプロットに放りこむという、今までやった事のない作業が朱戸を苦しめたのです。
しかし今回に限ってはこれが正しい作業手順でした。なぜならば、「インハンド」は続編だからです。

「ネメシスの杖」のメインキャラクターの二人、阿里と紐倉のうち阿里を降板させ続編には出さない事は最初の打ち合わせで決まりました。これは彼女の職業が特殊で扱える案件の種類が少ないためです。また紐倉も寄生虫だけを扱う博士ではなく、別の案件も担当させようという事になりました。これも扱えるテーマの種類を増やすためです。
というわけで、新しい紐倉の相方を考える事になった朱戸、なるべくいろんな案件が扱えて〜使い勝手のいい〜長く連載できるような〜…、などと考えているうちに迷走が始まりました。なかなか紐倉の相方が決まらなかった原因は簡単、紐倉です。
紐倉はキャラクターが超得意!というわけではない朱戸の脳内になぜか現れた強力なキャラクターです。彼は頭がよく、見た目もよく、超お金持ちで…つまりなんでも持っています。ないのは右腕くらいです。彼の相方は紐倉の欠点を補うような相手が良いのですが、紐倉にあまり欠点がないので相方のキャラクターが立ちにくいのです。真面目ながんばりやさんの女性のキャラクターは阿里で使ってしまいました。そもそも紐倉というキャラクターを考えた時は、彼が違う相手とコンビを組む可能性など全く考えていなかったのです。先見の明がないですね…ホント。さてどうする!?それでは朱戸先生の迷走を御覧ください。
相方候補1
本条ユキ:警視庁捜査一課のやり手だったが、ミスをおかして内閣情報調査室健康管理部門に出向になる。

ボツ理由:阿里に似ている。
全くその通り、朱戸はなんとアホなのでしょう。
相方候補2
高家春馬(初代):警察庁のやり手だったが、ミスをおかして内閣情報調査室健康管理部門に出向になる。

ボツ理由:なんかくたびれてて読んでてつらい。
これは朱戸がキャリア官僚の方々の資料を読みすぎたせいです。リアルなキャリア官僚さんたちのように鬼のように働いている上に、気まぐれの天才のお伴をしていては主人公がくたびれ、読んでる方も疲れちゃうに決まっています。
というわけで今回の高家春馬(二代目)が登場しました。

彼が身長が低めで首が太く額が後退気味なのは当初、某F1ドライバーを元にしてキャラクターデザインしたためです。
二代目高家はこれまでの2人の相方と違い、紐倉に仕事を持ってくるポジションではありません。その役目を牧野に託した事で高家の職業に自由がきくようになり、医者という職業をキャラクターに与える事ができました。結局「ネメシスの杖」で阿里がしめていた「紐倉に仕事を持ってくる相方」というポジションに朱戸は勝手にしばられていたわけです。
穏やかで暖かくスネに傷を持ち、時にカッとする二代目高家は、朱戸がやっと辿り着いた紐倉の相方でした。1話のネームが完成したとき、最初にプロットを書いてから約2年の歳月が経っていました。

漫画家になろうと思うような人間は誰しも最初は「自分は何でも描ける漫画家になる!」と思うはずです。しかし残念ながら多くの人間は漫画を描いていく過程で「自分には得意なものと不得意なものがあり、自分はなんでも描ける訳ではない」という事に気付くわけです。得意な分野をしっかりのばすか、不得意な新しい分野に努力して踏み出すか、限界を突破する方法はいろいろあるでしょう。今回の朱戸の「キャラクターから考える」という挑戦が果たして朱戸のためになったのか、それは漫画家人生が終わるまでわかりません。確かな事は、辿り着いた高家春馬は紐倉哲と一緒にお話を動かしてくれる良いキャラクターになったという事です。
「インハンド」を手に取って下さる皆様が二人の活躍を楽しんでいただける事を切に願っています。
最後になりましたが、朱戸の迷走に長々とつきあっていただきました編集者の皆様、なかなか報酬が発生しないにもかかわらずすべてのネームに目を通し的確な意見をくれた医療監修のヨシザワさん、そして支えてくれた家族に感謝をしたいです。
かなりの難産だったかわいい我が子です。
「
インハンド 紐倉博士とまじめな右腕」をどうぞよろしくお願いします。
7/22日発売!
インハンド 紐倉博士とまじめな右腕 (アフタヌーンKC)
ネメシスの杖 (アフタヌーンKC)
続きを読むテーマ:漫画 - ジャンル:アニメ・コミック
- 2016/07/20(水) 08:00:00|
- 長文
-
-